繊細ちーさんの優しい笑顔の向こう側

繊細さをプラスに変えて50歳から楽しむことを見つけていくブログ

期待されるのは苦手だけど、期待には応えたい私の中の矛盾

こんにちは、ちーさんです。
私は、めちゃくちゃプレッシャーに弱い人間です。人から期待されるのはどうも苦手。生活していると期待される場面って意外にありますよね。仕事はもちろん、身近な家族、親からの期待もあるかと思います。


目に見えない期待に対して、周りの空気を読みやすい私は敏感に反応してしまいます。その期待が大きなプレッシャーとなり逃げだしたくなる。
でも、出来る限り期待には応えたい気持ちもあります。今日はそんな私の中の矛盾のお話です。

 

  ◆◆◆目次◆◆◆

 

期待に応えたい

なんとなく昔から人からの期待に
応えたいという気持ちがあります。

いや、応えたいではなく
応えなければならないが正しいかもしれません。


期待に応えるため、必死に頑張る。
自分が出来ること以上に頑張ってしまうから、案の定疲弊してヘトヘトです。


よく考えてみると・・・


そもそも相手は私にそこまで期待してるのだろうか?もしかしたら、自分が勝手に期待されてると思っているだけかもしれない。


相手の期待値が10だとしたら、
私が勝手に100だと思ってる。


必要以上に責任感が強すぎる私は、何に対しても全部自分がやらなきゃと思ってしまいます。


いつのまにか、期待に応えることが
義務感になっていました。

 

期待に応えることが自分の存在価値

気が付けば、人からの期待に応える自分に価値を見出すようになりました。相手からの評価が今の自分の立ち位置。


その立ち位置を確認するため、必死に期待に応えようとする。応えられない自分は全く価値がないと思っていた気がします。


とても極端な考え方。
これがゼロヒャク思考というやつでしょうか。


50歳という年齢に近づいた今、やっと自分の歪んだ考えに気づくようになりました。もう、期待に応えるため頑張るのはやめよう。


人から期待されようがされまいが自分の価値は何も変わらない


当たり前のことですが、その当たり前にやっと気づけた気がします。




期待と信頼の公式

期待されるのは苦手だけど、誰からも期待されないのは寂しい気もします。期待されることに、ほんの少し嬉しい気持ちがある。


期待=信頼


頭の中でパッとこの公式が浮かびます。期待されるのは信頼されてるから。期待されないのは信頼されてないから。


これも私の思い込み。ゼロヒャク思考なのかもしれません。だとしたら、


期待信頼


イコールではなく
ニアリーイコールに変えてみるといいのかな・・・


期待と信頼は必ずしもイコールではない。だからこそ、


人から期待されようがされまいが自分の価値は何も変わらない。


やっぱり全てはここにあるのかなと思います。

 

期待されることへの向き合い方

期待されることにずっと苦手意識がありました。求められること以上のことをやろうと必死でした。自分を良くみせたい思いがあるからこそ、しんどくなる。


相手の期待値はそれぞれ違います。合わせようとしてもキリがない。出来ることもあれば出来ないこともある。身の丈を知り、ただ自分が出来ることを淡々とやる。


自分に対して過大な期待をしないことが大事なのかもしれません。

 

まとめ

世の中には人からの期待をプラスに変えられる人っていますよね。すごい能力だと思います。そういう力を身につけられたら、きっと自分の人生も明るくなるはず。


最後まで読んでいただきありがとうございました。