繊細ちーさんの優しい笑顔の向こう側

HSP&アダルトチルドレンの私が50歳から始める生きづらさ改善ブログ

グループに所属するのは苦手だけど、一人ぼっちは寂しい私の中の矛盾

こんにちは、ちーさんです。
突然ですが、私はグループに所属するのがとっても苦手です。とは言っても、人は誰でも何かしらのグループに所属して生きています。家族はもちろん、学校や職場、住んでる町の町内会、習い事やサークル活動など。


そのグループも居心地が悪いものもあれば良いものもありますよね。50年近く生きてきましたが、私にとってグループというものはあまり居心地が良いものではなさそうです。

でも、だからと言って一人ぼっちになるのはなんだか寂しい。


今回はそんな私の中の矛盾のお話です。

 

 

グループは選べない

グループは基本自分で選べないもの。生まれて初めて所属する家族はもちろん選べません。学校や職場もクラスがあり部署がある。住んでる町にも町内会があり班がある。そのグループにどんな人がいて、自分に合うかどうかはフタを開けてみないと分かりません。


ある意味『運』によって選ばれたグループだから、当りもあればハズレもある。ハズレだとしてもそのグループでうまくやっていかないといけない、というプレッシャーでしんどくなるのかもしれません。

 

グループに所属する自分を守りたい

私はアダルトチルドレン。幼い頃、家庭というものが安心出来る場所ではありませんでした。それだけに、学校や友達にホッと出来る居場所を求めました。友達に嫌われないよう、先生からも嫌われないよう、所属する場所からはみ出さないように生きてきました。


その為、自分の意見より他人の意見を優先し、大多数の意見に合わせることで自分を守るようになりました。


それと同時に私はHSPでもあります。他人との境界線が曖昧で、必要以上に周りの空気を読みがちです。他人のちょっとした表情や口調の変化などで瞬時に気持ちを悟ってしまいます。


色んな事に気付いてしまうので、そのグループの中の自分の立ち位置みたいなものも察知します。無意識にその立ち位置に自分を合わせる行動をとっています。


もしかしたら、そのグループにいる自分を守ることに執着しているのかもしれません。




グループからの疎外感

幼い頃の私は、辛い家庭の事情もあり心の底から笑ったことはありませんでした。友達の輪の中にいても本気で楽しめなくて、どこか冷めてる自分がいました。それは大人になっても同じで、盛り上がってる集団の中にいても同じテンションで盛り上がれず、ふとついて行けてない自分に気付くことがありました。


ついて行こうと必死に追いかけるけど、ついて行かなくていいと思ってる自分もいる。グループの中の居心地の悪さを感じ、合わせられない自分に気付き疎外感を感じる部分もあります。

 

一人になりたい自分と一人は寂しいと思う自分

グループはチームのようなもの。うまくやっていかないといけないと思うあまり、周りに気を使いすぎると疲弊してしまいます。時々そのグループから抜け出して一人になりたいと感じながらも、いざ一人になり外からそのグループを眺めると妙に寂しい。


わいわい楽しんでる周りの人と、冷めた気持ちを抱えた自分とのギャップがあまりにも大きくて気持ちがざわつきます。


結局一人になりたいのか、なりたくないのかどっち?


そんな自分の中の矛盾が、頭の中をぐるぐる駆け回って苦しくなります。

 

適度なつながりを大事にする

子供が幼稚園、小学校、中学校の間は、ママ友さんとの付き合いがどうしても多くなります。苦手なグループLINEにも参加しないといけない。子供のつながりで所属しないといけないグループがいくつかありました。


でも、子供が大きくなりそのつながりはずいぶん減りました。今思えばいつか離れていくグループに対して、もやもやあれこれ考え自分を苦しめていたんだと思うと、もったいない時間だったと思います。


年を重ねるとつながる場所が減っていくのかもしれません。


うっとおしいと思っていたつながりも、全くなくなると寂しい気もします。


一人ぼっちにならない程度の、自分がこれだけは大事にしておきたいつながりを見極め、適度につなげれる場所を持つことは大事かもしれません。


そう思うとグループに所属することへの苦手意識もずいぶん減ってきました。

 

最後に

人は一人では生きていけません。時々人から離れたくなるけど、やっぱり人が恋しくなる。とっても勝手で矛盾していますが、人はそういうものなんだと思います。私も人間関係はとても苦手ですが、人は嫌いではない。人との良い距離感を見つけていく事がこれからの人生を楽しくする大事なことなんだと思いました。

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。