繊細ちーさんの優しい笑顔の向こう側

HSP&アダルトチルドレンの私が50歳から楽しむことを見つけていくブログ

今週のお題「わたしの安心出来る居場所はバレーボール部でした」

今週のお題「わたし○○部でした」


今週のお題を見ると自分でも忘れていた記憶とか当時の感情を、ふと思い出させてくれるときがある。今回もそうだった。



小学4年生から高校までずっとバレーボール部



始めたきっかけは、小学3年生の時、当時6年生でバレーボールクラブのエースだったトシコ先輩のアタックを間近で見たこと。



「かっこいい!!!」キラキラしててその衝撃は今でもはっきり覚えている。



4年生からしか入部出来ないルール。3年生だった私は来年は絶対バレーボールを始める!と決めて母にお願いをした。



その頃の我が家は、アルコール依存症でお酒に溺れ働かない父と、その代わりにいくつもの仕事を掛け持ちして遅くまで働く母、生活は厳しく習い事なんてとてもじゃないけど出来ない状況だった。



そんな中、当時のバレーボールクラブは小学校の先生や近所の人たちが教えていて月謝はほぼ無いに等しく、シューズとサポーターが必要だったけれどお下がりをもらったりして、母もすんなり受け入れてくれた。



トシコ先輩みたいになる!そんな思いで始めたバレーボール。楽しくて楽しくて、週3回の練習は私の大事な居場所になった。



その一方で・・・



我が家の状況は日に日に悪化し、常に不安と緊張状態の日々。家の中は安心出来る居場所ではなくなっていた。



バレーボールをしてる時は、辛いことを忘れられる。



安心出来る居場所として続けた部活は、気が付けば高校まで続いた。



今思うと・・・



あの時、トシコ先輩のアタックを見てなかったらバレーボールを始めてなかったかもしれないし、バレーボール部という安心出来る居場所がなければ、きっと今の自分はいないと思う。


エースにもなれなかったしメダルもひとつも取れなかったけど、不思議と達成感だけはある。



心から好きなものに出会い、心から安心出来る場所に出会えれば、たとえ今が辛くても前を向けるような気がする。



50歳になろうとしている今、出来るだけたくさんの居場所を持ちたいと思う。好きなものと安心出来る場所、ひとつでも多く見つけたい。



今、その居場所のひとつとなったはてなさん。


心からのありがとうこれからもよろしくという思いを伝えたい。



明日も安心して笑える日でありますように。




最後まで読んでいただきありがとうございました。